アニメ『イエロー・サブマリン』はマネージャーのブライアン・エプスタインにアメリカ の映画プロデューサー、アル・ブロダックスが企画を持ち込んだものであった。企画の概略はリー・ヤノフ原作、ジョージ・ダニングの監督で製作するというものであった。ブロダックスは、1965年 にテレビアニメ番組の「Beatles cartoon 」(1965年9月25日からCBS で毎週土曜の朝に放送。全39話)を制作した実績からエプスタインはこの企画に同意する。
しかし映画の制作期間中の1967年8月にエプスタインは急逝し、その後ビートルズはビジネス上混乱することとなった。
アップル・レコード の設立、インド のマハリシ・マヘーシュ・ヨーギー の下での瞑想 の修行などもあり、サウンド・トラック盤の制作には積極的に取り組むには至らない状態であった。ビートルズのメンバーはアニメ映画の制作には乗り気ではなく、内容にも期待していなかったと言われる。プロデューサーのジョージ・マーティンによれば、「彼らは作った曲の出来が悪いと、『イエロー・サブマリン』に入れるのにちょうどいいなどとジョークを飛ばしていた」と言う。
インドから帰国後、ビートルズのメンバーは制作半ばにあった作品の試写を観て意識を変えた。
アニメ『イエロー・サブマリン』は、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をモチーフとし、おとぎ話やサイケデリックやシュールリアリズムなどがミックスされ “All You Need Is Love(愛こそはすべて)” のメッセージで統一された作品であったからである。作品が単なるアニメ映画の娯楽作品ではなく、ポップ・アートを含めた芸術性の高い作品と知ったメンバーは、アルバム用の新曲を用意し、更には自らも映画のラスト・シーンに登場する事をブロダックスに約束した。アニメ『イエロー・サブマリン』は映画作品自体が注目され、本国イギリス にましてアメリカでも好評を博し、マスコミから高く評価された。
この作品のおかげで、テレビ映画『マジカル・ミステリー・ツアー 』の失敗の汚名を返上したと言われている。なお、ビートルズのメンバーは、1968年 7月17日 にロンドン のパビリオンにおいての映画のワールド・プレミア・ショ-に出席し、久々に人々の前に姿を現した。
☆ビートルズのアニメ映画・・・一見の価値あり!☆